とくしま国際協力使節からのレポート(2012)

2013年5月28日

  とくしま国際協力使節


  徳島県では、平成23年度から、JICAボランティアなど海外で国際協力活動に従事する徳島県出身の方に「とくしま国際協力使節」を委嘱しています。

使節に委嘱された方には、徳島県の情報を海外で発信するとともに、赴任国の生活・文化等の情報を提供していただき、県民の皆様にお伝えすることとしています。 



 とくしま国際協力使節からのレポート

 

荒川 千尋 さん  派遣国:エジプト・アラブ共和国

板東 広恵 さん  派遣国:バングラデシュ人民共和国 

来島 孝太郎 さん   派遣国:マラウイ共和国

四宮 愛子 さん    派遣国:ニカラグア共和国

廣田 知子 さん     派遣国:インドネシア共和国

増矢 幸子 さん    派遣国:グアテマラ共和国

 



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荒川 千尋 さん

 

 

JICA(ジャイカ) 青年海外協力隊 

派遣国:エジプト・アラブ共和国 任地:カイロ

派遣先:社会連帯省 (NGO)ベント・ダルエルサラーム 

職 種:青少年活動

派遣期間:2012年1月~2014年1月(2年間)

 

 

□第1号

  

 

السلام عليكم.   こんにちは。

私は今、青年海外協力隊、青少年活動隊員としてエジプトのカイロで活動しています。増加傾向にあり問題となっているストリートチルドレンを支援する施設で、英語をメインに指導しています。

こちらでの生活も3か月を過ぎ少しずつ慣れてはきたものの、いまだに新しい発見があり毎日驚かされています。そんなエジプトについて少しご紹介します。

 

エジプトといえばピラミッドなどの遺跡や昨年起こった革命。それぐらいしか知らなかった私は、エジプトの街中に降り立った初日から衝撃の連続でした。

街が茶色く見えるほどの砂埃と排気ガス

大都会カイロの道路を疾走する馬やロバ

スーパーモデル級に足の長い若者たち

しかしエジプトの人たちにとっては、何もかもが珍しくてキョロキョロしている私たち日本人が一番珍しいようです。

「どこから来たの?」「名前は?」「結婚してるの?」「観光?」

どこに行ってもフレンドリーに絡んでくる彼ら。中にはバクシーシ(喜捨)というお金目当ての人もいますが、みんな顔立ちの違うアジア人に興味津々です。

日本人に対する印象はとてもよく、「日本から来た」と伝えるとにっこりして「Welcome to Egypt.」とみんな歓迎ムードです。理由は単純で、電化製品や車など日本製品は丈夫で性能がいいから日本人も大好き。

こちらに来てから日本の企業に感謝する毎日です。

これからいよいよ夏です。暑さが不安ですが、また新しいエジプトが発見できそうです。

 

写真解説(左から右へ)

1 ピラミッド

2 町中にいる野良犬と野良猫

3 シュワルマ屋

4 フレンドリーな現地の人(絨毯屋)

5 フレンドリーな現地の人(フレッシュジュース屋)

6 ナイル川

ピラミッド.jpg町中にいる野良犬と野良猫.jpgシュワルマ屋.jpgフレンドリーな現地の人(絨毯屋).jpgフレンドリーな現地の人(フレッシュジュース屋).jpgナイル川.jpg 

 

   

 

 

 

 

□第2号

 

 

  今回は活動についてご紹介します

  私は今エジプトの首都、カイロでストリートチルドレンを支援する施設で英語や工作を指導しています。こちらで言うストリートチルドレンとは、「経済的な理由から通常の小・中学校に通うことができず授業時間帯に路上に居るこども」も含みます。

  毎朝9時に活動先に行くと、生徒たちはすでに席について朝一番の授業を受けています。とても小さな施設で、幼稚園部門の教室が1つ、小学校部門の教室は2つしかない上にこの3つの教室を仕切るドアもありません。小さな3つの教室に、在籍生徒約70名。丸いテーブルが3つ置かれていて、テーブルごとに学年に分かれて座っています。

一つの教室内で3つの学年が一斉に違う内容を勉強します。幼稚園部門からの小さな子供たちの声で授業が中断されてしまうこともしばしば。学習にふさわしいとは決して言えない環境の中で、子どもたちは一生懸命勉強しています。

 
普段私は英語を指導していますが、時折施設長に頼まれて施設の壁や大きなツボに絵を描いたり、ポスターを描いたり、工作をしたりします。

私が描いたり作ったりする様子をじっと見つめる子どもたち。興味はあるようですが手を出してきません。絵を描くということを知らない子が多いのです。図画工作や音楽といった情操教育が一切ないためだと思います。紙を渡しても「どうしたらいいの?」とふてくされてしまいます。


 先日、初めて念願の工作授業を実施できました。対象は小学校高学年。色紙の取り合いをしたり、はさみやのりなどの使い方も危なっかしい様子で大変でしたが、みんな集中して楽しそうにそれぞれの動物パペットを作り上げていました。これを機にどんどん物を作ったり絵を描いたりする楽しみを知ってほしいと思います。

 

 

写真解説(左から右へ)

1 暑くなってきたころエジプトのあちこちで咲いていた「火炎樹」の花。本当に火のように赤くて突然一気に咲いた。

2 同僚と。初めてヒジャーブ(ムスリムの女性が頭にかぶるもの)をまいてもらった。

3 施設のすぐ裏の道のプロパンガス屋。ネコ、ロバ、時々ウマもいる。  

4 施設のある町、ダールイッサラーム。相変わらずゴミだらけ。空気も悪い。



火炎樹.jpgヒジャーブ(荒川).jpgプロパンガス屋.jpg

 

 

ダールイッサラーム(荒川).jpg 

 

 □第3号

 

  

エジプトでの活動も一年を過ぎました。全くの異文化の中での一年間、つらいこともたくさんありました。

一目で「外国人」だと分かる私たち日本人は、道端でエジプトの人たちにからかわれて嫌な思いをすることがあります。不快な言葉をかけられたり、時には石をなげつけられたり…エジプトは遺跡や砂漠で有名な観光大国なのですが、首都カイロでもわたしの任地のような貧しい人々の住む下町では外国人はめずらしく、コミュニケーションの手段が分からず石を投げてしまうようなのです。そう頭では理解していても実際に石が飛んでくると腹も立つしとても惨めな気持ちになります。わたしは毎日目立たないように、うつむいて仕事へ通っていました。

 

ある日地方の町で活動する先輩隊員がカイロに遊びに来ました。一緒に町を歩いているとからかってくるエジプト人の若者がいます。わたしはいつも通りうつむいてその場を通り過ぎようとしました。ところが先輩は「どうしてそんなことをするの?私たちはとても悲しいよ。」と彼らに向かっていきました。その若者たちは驚きながらも「ごめん」と私たちに謝ってくれました。

 

今までコミュニケーションが一方通行だったため、彼らもいつまでも方法がわからず石を投げたりしていたのでした。その方法は間違ってるよと正しいコミュニケーション法を伝えない限りは何にも変わらないんだとそれでようやく気づけました。

 

その一件以来、わたしも道ですれ違う人たちとの関係が変わった気がします。石を投げる人もいるけれど、守ってくれる人もいます。残りの任期、わたしの任地の子どもたちが将来外国人を見ても石を投げたりしないように、できるだけたくさんの子どもたちとコミュニケーションをとっていきたいと思います。

  

写真説明(左から右へ)

1 道端のアイスクリーム屋台

2 「一緒に写真撮って!」と大家族に頼まれて撮影会開始

  みんな本当は外国人と話してみたくて仕方ないようです

3 カイロにあるハンハリーリという大きなスーク

  観光地になっていてお土産物はなんでもそろう

4 施設の子どもたちの作品。真ん中の女の子は「日本人」だそうです。

 

 

アイスクリーム屋台(荒川).jpg大家族(荒川).jpgスーク(荒川).jpg作品(荒川).jpg

 



 

■板東 広恵 さん

 

JICA(ジャイカ) 青年海外協力隊 

派遣国:バングラデシュ人民共和国 任地: ノルシンディ県

派遣先: 保健・家族福祉省ノルシンディ県保健衛生事務所

職 種:看護師

派遣期間:2012年3月~2014年3月(2年間)

 

 私は、現在バングラデシュ国ノルシンディ県で活動をしています。母性保護サービス強化プロジェクトの一環として、病院の施設改善に取り組んでいます。

 バングラデシュの病院は日本の病院のイメージとは大きく異なります。院内にゴミが散乱していたり、ベッドが足りずに患者さんが床で寝ていたり。そういった環境を少しでも改善するために5S(整理・整頓・掃除・清潔・習慣)KAIZEN/TQM(総合的品質管理)を導入し、アドバイスを行なっています。

 日本のような仕事のペースではなく、思ったように進まないこともたびたびあります。しかし話し合う中で、お互いを信頼しあい、認め合うことでゆっくり進んでいます。試されているのは私の仕事の能力ではなく、「人としての力」なのかな、と思うことがたびたびあります。ここで活動するということは、私自身がそれに気づき、伸ばすための試練でもあるのかもしれません。

 過酷な環境、と表現されがちなバングラデシュですが雨季・乾季・夏・冬など6季あり、それぞれの季節で野菜や果物などの豊かな恵みがあります。村の赤土の道を歩いていれば「バロアチョ(元気)?」と子どもたちが恥ずかしそうに笑顔で話しかけてくれます。

 池で魚釣りをする男性たち、稲穂を干す女性たち。夏の暑い夕方は、みんなで外に椅子を出して心地よい風にあたり、寒い冬の朝は、茶ドカン(喫茶店のようなもの)で甘いミルクティーを飲みながら笑いあう。

 日本とは違う、人と人とのつながり。

 彼らの優しさのおかげで「寂しい」と感じることなく、日々楽しく過ごしています。

 

写真説明

1 障害者施設のアシスタントに対し、応急法のトレーニングを実施しています。

2 ノルシンディ県病院。ここで、5S/KAIZEN/TQM活動をしています。

3 プロジェクトスタッフ。色々なアドバイスをもらったり相談に乗ってもらったりしています。陽

  気で素敵なスタッフ達です。

4 家の屋上から見える幻想的な風景。霧の濃い、バングラデシュならではの風景です。

5 バングラデシュの国のフルーツ:ジャックフルーツ(ベンガル語ではカタール)。大人の頭よりも大きなこのフルーツ。

  皮を割って実を食べます。バングラデシュの人々は大好きですが、隊員では好みは分かれます。

  私は、まぁまぁ、好きです(笑)

6 珍しい外国人。田舎へ行くと芸能人並みにあっと言う間に村の人々に囲まれます。最初は遠巻きで。

  そして段々近づいて、最後にはみんな仲良しです。

応急法(板東).jpgKAIZEN(板東).jpgスタッフ(板東).jpg

 

 風景(板東).jpgジャックフルーツ(板東).jpg珍しい外国人(板東).jpg

 

 

 

 

■来島 孝太郎 さん

 

JICA(ジャイカ) 青年海外協力隊 

派遣国:マラウイ共和国 任地:カブドゥラ

派遣先: 教育科学技術省カブドゥラ中高等学校

職 種:理数科教師

派遣期間:2012年9月~2014年9月(2年間)

 

 

 

 「どこにある国?」初めて聞いたときにまず思ったこと。

 そして友達に話す時も、まず聞かれるのが「どこにある国?」ということ。

 そんな、多くの日本人にとって、少しばかりなじみが薄いらしい「マラウイ」という国について紹介していきたいと思います。

 

 マラウイはアフリカ東南部、日本と同じように南北に細長い、タンザニア、ザンビア、モザンピークに囲まれた内陸国です。内陸国とはいえ、国土の約20%程度を占めるほど大きな、まるで海のよう湖があります。

 ここマラウイの主食は「シマ」と呼ばれていて、お湯で白トウモロコシの粉を練って作られます。それにトマトベースのスープで煮た肉(ニワトリ、牛、ヤギ)か魚、そして野菜を一緒に食べます。あつあつのシマを、やけどしそうになりながら手でちぎってこねて食べるのが現地流です。

 雨季になるとこのシマを作るための白トウモロコシが一斉に畑に植えられます。雨季真っ盛りの今、背丈を超える高さまで育って、辺り一面が緑で埋まっています。「アフリカ」といえば赤茶色の大地というイメージだったのに、それはまるで違う光景で、赤土に緑が生えてとてもきれいです。

 

 首都リロングウェからミニバスで2時間、ずっと広がる白トウモロコシ畑を見ながら、天井に頭をぶつけるくらいの荒いオフロードを走ったところ、カブドゥラという村にある中高等学校で理数科教師をしています。元気な生徒達に、気さくな同僚教師達、そして笑顔の素敵な村のみんなに囲まれて、充実した毎日を送っています。

 

写真説明(左から右へ)

1 マラウイの主食「シマ」。
2 トウモロコシ畑。 いまの時期はどこに行ってもこの光景が広がります。
3 子供たち。写真を撮っているとわいわいみんな集まってきます。
4 カブドゥラ中高等学校で一学期末に撮った集合写真。

 

 

 

シマ(来島).jpgとうもろこし畑(来島).jpg子どもたち(来島).jpg集合写真(来島).jpg

 

 

 

 

■四宮 愛子 さん

 

JICA(ジャイカ) 青年海外協力隊 

派遣国:ニカラグア共和国 任地:マドリス県ソモト市

派遣先:保健省マドリス県事務所 

職 種:感染症対策

 

派遣期間:2012年9月~2014年9月(2年間)

 

 

 私は、中南米にあるニカラグアで感染症対策隊員として活動している。私の任地はマドリス県ソモト市でニカラグア北西部に位置しソモト市はその中心地である。一年中暑く、日中は特に陽射しが強いが、湿度が高くなくカラッとした暑さのため汗をかくことが少ない。時々断水がある程度でそれ以外は、非常に住みやすい環境である。

 

 食事は、米とトウモロコシが主食で、油をたくさん使って料理しているものがほとんどで、野菜はあまり食べない。また甘い飲み物やお菓子がたくさん売られており、そういう食べ物を好んで食べているためほとんどの人が太っている、もしくはお腹が出ている。楽観的で陽気な人が多く、一度でも会うと好意的に接してくれ、常に挨拶してくれたり、家に招待したりしてくれる。

 その一方で時間を守ることが苦手で、何時間も待たされたり、約束を守られなかったりすることが度々である。ホームスティを経験して、ニカラグア人は家族で過ごす時間を特に大切にしていることがわかった。一日の出来事を、コーヒーとロスキージャ(ソモト市で有名なお菓子)を食べながらあれこれ話している時間はとても素敵に感じられた。

 

大きな問題として貧富の差が激しい。ソモト市街地を一歩離れると、道路が舗装されておらず馬や牛を交通手段とし、水を供給することが難しく濁った水を利用しているため衛生状態も非常に悪い。若い女性が妊娠を繰り返し子供がたくさん生まれ、生活がもっと苦しくなるという悪循環が繰り返されている。

任地に赴任して4カ月(平成25年2月現在)、マドリス県内の各市やソモト市内の各地区の保健所や家を巡回し、デング熱対策の講座を行っている。また、各地域の生活環境や現状を知り、また地域住民と交流することにより顔と名前を覚えてもらうことに務めている。また、今後はエイズ、シャーガス病を中心に講座を開きたいと考えている。

 

 

写真説明(左から右へ)

1 ニカラグアの典型的な朝ごはん:ガジョピント(赤飯を大量の油で炒めたようなもの)トルティージャ(水とトウモロコシ粉を練って焼いたもの)

  卵(これも大量の油で炒めている)プラタノマデゥロ(バナナを油で揚げたもの)全部で40コルドバ(約130円ぐらい)

2 水不足の地域では、このような水を使って洗濯したり、食器を洗ったり、体を洗ったりしている。

3 カナダのボランティアとニカラグアの友人たちと任地で登山したときの写真

4 市街地を離れた田舎町の風景:何時間もかけて、買い物や学校や水を汲みに出かける。交通手段は徒歩か馬が多い。

5 保健所で診察を待っている患者さんにデング熱の講座を実施。

6 シャーガス病の講座を子供たちに行っている写真

 

 朝食(四宮).png水不足(四宮).png山登り(四宮).png

 

 

 

 

 田舎町(四宮).pngデング熱講座(四宮).pngシャーガス病講座(四宮).png

 

 

 

 

■廣田 知子 さん

 

JICA(ジャイカ) シニア海外ボランティア

派遣国:インドネシア共和国 スラウェシ島 マカッサル

派遣先:国立ハサヌディン大学文学部日本語学科

職 種:日本語教育

派遣期間:2011年10月~2013年10月(2年間)

 

 

今回は、最後のレポートということで、今まで紹介できなかったうちの近所の様子をお伝えしようと思います。

インドネシアは季節が2つしかありません。すなわち、雨季と乾季です。雨季は大体10月から3月、乾季は4月から9月の間です。今はちょうど雨季の真っ最中。うちの前の道路もすっかり冠水してしまっています。

 

  

そんな中でも、子供たちはとても元気です。うちの近所には男女別学の小学校がありますが、男の子も女の子も私の姿を見ると「Hello!」と声をかけてきます。小学校でも英語を習うので、外国人と言えば、英語と思ってるのかもしれません。 学校の近くには屋台がたくさん出ていて、すぐおなかがすく育ちざかりの子供たちでにぎわっています。左(屋台(1))はカップラーメン、右(屋台(2))は韓国の食べ物と言ってましたが。。。         

 

 

 庶民の交通手段として、欠かせないのが、ベチャと呼ばれる自転車と、ベントールと呼ばれるバイクによる乗り物です。運転手のおじさんとは、乗る前に値段交渉しなければなりません。大体歩いて20分ぐらいのショッピングモールまでRp.5,00010,00050円~100円)といったところです。いずれも座るところが、車体の前にあるので、あまりスピードを出されると、振り落とされそうになります。時には自動車やバイクで混雑する道を逆走したりすることもあり、ひやひやものです。

 

 

 日本にレポートする写真を撮るんだというと、ポーズを取って応じてくれました。「絶対送るんだろうな?」と念押しされたので、これはぜひとも今回のレポートに載せねばと思いました。どの国にももちろんいろんな性格の人がいると思いますが、インドネシア人は総じて、親日的でおしゃべり好きです。見ず知らずの私にも、笑顔で応対してくれるところがとてもいいところだなと思います。マカッサルのことを大好きになりつつあるこのごろです。

 

 

 

写真説明(左から右へ)

1 自宅前の道路も冠水

2 学校近くの屋台(1)

3 学校近くの屋台(2)

4 庶民の交通手段 ベチャ

5 庶民の交通手段 ベントール

 

 

冠水(廣田).png 屋台2(廣田).png屋台1(廣田).png

ベチャ(廣田).pngベントール(廣田).png

 

 

 

■増矢 幸子 さん

JICA(ジャイカ) 青年海外協力隊 

派遣国:グアテマラ共和国 任地:トトニカパン県モモステナンゴ市

派遣先:モモステナンゴ保健所 

職 種:助産師

派遣期間:2012年12月~2014年12月(2年間)

徳島県のみなさん、こんにちは。私は今、青年海外協力隊員として中米のグアテマラという国で助産師として活動しています。私の任地はトトニカパン県モモステナンゴ市というところで、首都グアテマラ・シティから西へ220kmの西部高原地帯に位置しています。標高2200mで、富士山でいうと5合目あたりになります。高地性寒冷気候で、グアテマラ国内の中でも涼しく、チャマラスという毛布が有名です。人口約93000(2004)で、住民の大多数がマヤキチェの先住民族です。グアテマラの公用語はスペイン語ですが、その他に22のマヤ系言語が話されており、モモステナンゴ市には現地語のキチェ語を話す住民が多くいます。

 

モモステナンゴ市が母子の健康状態に関して抱える問題としては、慢性栄養失調が多いこと、妊産婦死亡率138.31(出生10万人あたり)、新生児死亡率8.30(出生1000人あたり)(2003)と高いことが挙げられます。

配属先は同市の保健センターであり、第二次保健医療施設として、地域住民を対象とした一般診療、予防接種、健康指導、集落訪問を通じた啓発活動、伝統的産婆への研修等を行っています。日本でいう保健センターの役割に加え、201211月に母子保健診療センターを開設し、24時間体制で救急診療、分娩、帝王切開術に対応しており、診療所の機能も果たしています。症状が重症である場合は近隣の市の病院へ2時間ほどかけて受診しなければなりません。緊急時に備えて救急車も配置していますが、2時間かけて山道を移動するのはたとえ救急車であっても容易ではありません。

 

私は保健センターの看護部に所属しています。公用語のスペイン語と現地語のキチェ語が飛び交う中で働いており、まだまだ語学面の努力は必要ですが、同僚の助けを借りながら住民のみなさんとコニュニケーションをとっています。モモステナンゴ市にJICAボランティアが配属されるのは初めてであり、旅行者の外国人もみかけないため、「どこから来たの?」とみなが驚いて話しかけてくれます。(写真1参照)

私の専門職は助産師です。グアテマラには助産師という職種はありませんが、出産を助け、妊産婦や新生児の保健指導を行う助産師という専門職の役割に興味・関心を持ってくれており、妊産婦ケアの充実を期待されています。保健センターでは医師または正看護師が妊婦健診や分娩介助にあたっています。しかし、グアテマラでは専門技能者が付き添い、保健施設で出産する割合は約半数で、地域では伝統的産婆が産前産後のケア(分娩介助を含む)を担っています。家族に囲まれ、自宅で分娩するというのは素晴らしいことですが、伝統的産婆は専門的な知識を持っておらず、危険徴候に気付かないために保健センターや病院への受診が遅れてしまい、時には妊産婦や新生児の命にかかわってしまうこともあります。そのため、保健センターでは地域ごとに伝統的産婆のグループを作り、毎月研修会を開催しています。私も研修会に参加し、身振り手振りを交えながら「こういうときは保健センターに来てください」と必死で説明しています。グアテマラ全土での識字率は87%ですが、任地のモモステナンゴ市の識字率は65%と低く、伝統的産婆の中には文字の読み書きができない方も多いのが現状です。そのため、研修会では絵が描かれたカードや赤ちゃんの人形を用いて目で見てわかるよう工夫しています(写真2、3参照)。また、文字が書けないために出生の届け出がきちんと発行されず、新生児の予防接種が受けられなかったなどの例も見受けられます。私は医療分野で働いていますが、教育の問題も深くかかわっていることに気が付きました。青年海外協力隊として派遣され、任地で生活しているからこそ、住民の方と同じ目線で感じ、考えることがあります。任地に着いてまだ3ヵ月ほどで活動は始まったばかりですが、母子の健康を守るため、少しでもモモステナンゴ市のみなさんの力になれればと思っています。

 

<写真説明(左から右へ)>

写真1:保健センター勤務当日に迎えてくれた様子

写真2:同僚が人形を用いて伝統的産婆に説明している様子

写真3:伝統的産婆が研修会で発表している様子

写真1写真2

写真3

 

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